陰陽座『道成寺蛇ノ獄』の歌詞考察

陰陽座歌詞考察

陰陽座の中で1・2を争う人気作品『道成寺蛇ノ獄』。

ファンクラブの人気投票では毎回上位に入っている。

能や歌舞伎の演目にもなっている安珍・清姫伝説を、陰陽座独自の解釈で表現した作品だ。

この記事では『道成寺蛇ノ獄』について、元ネタとの相違点にも触れながら解説する。

安珍・清姫伝説

安珍・清姫伝説の内容は以下のようなものだ(伝承によって相違あり)。

奥州から熊野詣に来た修行僧・安珍は、宿を借りた 真砂庄司の娘・清姫に一目惚れされた。
安珍は参拝中の身としてはそのように迫られても困る、帰りにはきっと立ち寄るからと約束するが、参拝後は立ち寄ることなく帰ってしまった。
騙されたことを知った清姫は怒り安珍を追跡し、道成寺までの道の途中(上野の里)で追い付く。
しかし安珍は別人だと嘘に嘘を重ね、更には熊野権現に助けを求め清姫を金縛りにした隙に逃げ出そうとする。
さらに激怒した清姫は、蛇の姿に変化し安珍を追跡する。
道成寺に逃げ込んだ安珍は鐘を下ろしてもらいその中に逃げ込むが、清姫は鐘に巻き付、鐘ごと安珍を焼き殺した。
安珍を滅ぼした後、清姫は蛇の姿のまま入水する。

歌詞の解説

限(きれ)ない 闇を 擦(なす)りて 仄白(ほのじろ)い 雨が降る

濡(そぼ)つる 螟蛾(めいが)の翅(はね)を穏やかに(も)ぎ落とす

もう 何も 視(み)えぬ 瘧(わらわやみ)の中 深く深く 沈みたい

止まない雨を 集めて仄暗(ほのくら)い 闇が 眩(く)る

時雨(しぐ)れることも 忘れた 眼鞘(まなざや)を 閉(と)ざす為

もう 誰も知らぬ 黄泉國(よもつくに)の底ずっと ずっと 焼かれたい

嗚呼 恋の歌を 嗚呼 彼に伝えて 嗚呼 遠き風に 愛おしき 声を聴く

出典:道成寺蛇ノ獄/作詞•作曲:瞬火

序盤は清姫の心情を表現した歌詞。

”や“”に関する言葉が多く見られ、この2つの単語がキーワードになっている。

“闇”からは先の見えない絶望感を、“雨”からは悲しみの涙を連想させられる。

旅の 縁(よすが)に 戯(ざ)れて 誑(たら)した 女(おみな)

見目麗(みめうるわ)しく 艶事欠(つやことか)かぬ 色女(いろめ)

何時(いつ)か 番(つが)うと容易(たやす)く包(くる)め枕(ま)いて

畢(おわ)るや否(いな)や 穴(けつ)を捲(ま)くりて 帰路(きろ)へ

出典:道成寺蛇ノ獄/作詞•作曲:瞬火

視点が変わり、安珍について描写したパート。

伝承の中の安珍は、清姫に一方的に言い寄られ苦し紛れに嘘をついて逃げるも最終的に殺されてしまう被害者としての側面が強い人物だが、陰陽座の『道成寺蛇ノ獄』では最初から騙す意図を持って安珍から清姫に言い寄っており、悪人として描かれている。

このことによって、清姫の悲しみや怒りに感情移入しやすい内容になっている。

何処(いずこ)へ 失(う)せた愛しき 男(おのこ)失われたのは 花

決して 違(たが)わぬ 貴方(あなた)の 匂い詐(いつわ)りの 業(ごう)に 泣いて

此(こ)の儘(まま) 往(い)かないで 彼(あ)の日が堕ちてゆく

出典:道成寺蛇ノ獄/作詞•作曲:瞬火

視点は再び清姫に移る。

騙されて花を散らした悲しみに涙しながら、それでも好きだから行かないで欲しいと願う清姫。

頑(かたくな)に迫(せま)る 蛇心(じゃしん)の嬌笑(きょうしょう) 抗(あらが)い 膠(にべ)も無く

戯言(けごん)の契(ちぎ)りを片腹痛(かたはらいた)しと 足蹴(あしげ)にすれども 無駄

嗚呼 せめて 只 一言(ひとこと) 「其方恋(そなたこい)し」と 聞かせて

嘘でも偽りでも どうか其の傍(そば)に 居させて

噫(ああ)逢瀬(おうせ)重(かさ)ね重(がさ)ね 恋(こ)うる 心 更に 燃え上がる

噫(ああ)逢瀬(おうせ)重(かさ)ね重(がさ)ね 凍る   心 新に 冷めてゆく

出典:道成寺蛇ノ獄/作詞•作曲:瞬火

アップテンポな曲調で、安珍と清姫の心情を交互に描写した後、まったく正反対の男女の想いを同時に表現するパート。

裏切られながらそれでも消えることのない清姫の恋心を、安珍は“蛇心=執念深くて陰険な心”と捉えそっけなく突き放す。

これに対して清姫は、せめて一言「お前が恋しい」と言って欲しい、嘘でもいいからそばに置いて欲しいと安珍に追いすがる。

会うたびに清姫が恋心を燃え上がらせる一方で、安珍の心は氷のように冷めていく。

立ち籠(こ)める 夏霞(なつがすみ) 憧れは 泡と消(き)ゆる

止めどなく 流れ 落(お)つるは 悔いの泪 貴方を信じて

野辺(のべ)に 咲く 花にさえ 憐(あわ)れびを 向けように

人でなく畜生(ちくしょう)の道を只 這(は)いずれば

「恋いもせぬわ」と

余りと言えば 余りない言い種(ぐさ)

出典:道成寺蛇ノ獄/作詞•作曲:瞬火

安珍を信じて獣が地を這うように必死で追いかけた清姫に対して安珍が放った言葉は、「恋しいなどとは思わない」という冷たい一言。

情けも憐れもない安珍の言葉に、清姫の怒りは頂点に達し大蛇の姿に成り果てる。

臠(にく)が爛(ただ)れる残酷(ざんこく)の雨 蛇(くちなわ)の獄(ごく)の中

生きて帰さぬ 骨も残さぬ 其の罪を 悔いて死ね

今更 呼ばないで もう直(じき) 楽(らく)になる

出典:道成寺蛇ノ獄/作詞•作曲:瞬火

大蛇となった清姫が安珍を焼き殺す場面。

“蛇の獄”に安珍を捕らえた清姫だが、安珍への想いを断ち切れず恋した男に殺意を抱くまでになってしまった清姫自身も“蛇の獄”に囚われていると言える。

安珍は命乞いで最期に清姫の名を呼んだのだろうか。

しかし清姫にとってそれは今さらのことだった。

愛しい 人を 殺(あや)めた 贖(あがな)いの 雨が降る

止まない雨を 集めた 滾(たぎ)つ瀬に 身を委(まか)す

出典:道成寺蛇ノ獄/作詞•作曲:瞬火

初めのパートと同じメロディで歌われ、同じように雨が降る場面が描写されていることから、初めのパートは清姫が安珍を滅ぼした後のシーンであり、再び場面が戻ったことがわかる。

“闇”は恋した男に振り向いてもらえず最終的に自らの手で殺めてしまった絶望感を、“雨”は後悔や悲しみの涙を表していたのだろう。
また“贖いの雨”とあることから、“雨”は自らの罪を責める罪悪感も表していると考えられる。

愛しい人を殺めた罪を責めるかのように降りつける雨。
いつまでも降り止まない雨によって激流となった川に、清姫は身をまかせ消えていった。

最後に

客観的に考えれば、清姫は自分を裏切った男のことなどにこだわらず、別の幸せになれる道を探すべきだったのだろう。

しかしそうすることが簡単に出来ないのが人間であり、この作品からはそんな人間の業のようなものを感じさせられる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました